「さあ、ペースを上げよう」足の回転速度を速くする。沈んだ腰を上に持ち上げる
ようなイメージで、決して飛び跳ねるようには走ってはいけない。あの車止めの
ポールから水神橋を少し超えた辺りの僕だけが知っている目印の地点までが約1km。
腕時計で時間を確認する。
このランニングコースには1km毎の標識は無いが、(一般道にそんなものはある
はずないが)僕だけが承知している1km毎の標識は存在している。だから、
1km毎のタイムを確認しながら走るのが習慣だ。
少しペースを上げたので、呼吸が少し乱れてくる。心音も少し大きく早くなる。
少し苦しいがまだ余裕がある。しかし500mも走れば、そのペースに慣れて呼吸も
スムーズとなる。犬を連れた60代の男性とすれ違う。コートを着て、毛糸の帽子を
被り手袋をしている。柴犬かもしくは雑種だろう。よくしつけされているようで、
僕が走り過ぎても平気だ。ここでも軽く会釈する。
おそらく今、6時00分くらいだろうか。この時間になれば、散歩やランニングをす
る人にも行き会うようになる。いつもの老夫婦がご主人を先頭に早歩きをしている。
僕は颯爽とその脇を抜いていく。わざわざ振り向いて挨拶はしない。
水神橋を右手に見て先程の国道を通過する。今度も立ち止まることなく通過出来た。
しばらく走ると1km地点。時計に目をやる。「4分50秒位か」 まずまずのペース
だがもう少し速めないと、折り返しまで余分にかかった2分30秒の遅れが取り戻せない。
正面から車が近づいてくる。ヘッドライトはもう点灯していない。まだ通勤時間帯では
ないので、それほどの通行量はないが、何台かの車が行き来するようになってきた。
天竜川を右手に、正面の遥か先に南アルプスの千丈ヶ岳がぼんやりと見える。日が昇れば、
青空の中に白く雪を被った千丈ヶ岳がくっきりと見えるはずだ。
ここは伊那谷の中でも一番底の方にあるため、回りの山々が遮って南アルプス連邦の全容
は見ることは出来ないが、僕はこの景色が大好きだ。特に天竜川とその対岸の下久方地区
の里山と、点在する民家が何とも、ほのぼのして見えるのがいい。来月になれば桜も咲く
だろう。コースは平坦で比較的真っ直ぐな道が続いている。アップダウンもほとんど無い。
天竜川を右に見て北上する時は恐らく緩やかな上りで、左に見て南下する時は少し下って
いるのかもしれないが、見た目ではほとんど平坦な道だ。